「彼と彼女と僕の事情」



「セイラン様、どうかなさったんですか?」

はっとして自分の視界に焦点を合わせる。
あぶないあぶない。僕としたことが。
不覚にも栗色の髪の女王候補に顔を覗き込まれていた。
大真面目に心配してる。やれやれ、誰のせいでこんな事になってるのか知らないだろ。

「キミの感性の素敵な上達振りを見ることが出来たんでこれからの教え方をどうしたら良いものかと考えていたのさ、どうやら僕の教え方が悪かったみたいだから?」

「あ・・・すいません・・・その・・・」

手にしていたペンを両手で弄りながら口ごもる。
今日は泣くまいと目を伏せて、ペンを持つ手の方にグッと力が加わる。

「ま、今週のキミの行動を考えれば、こういう結果になるのも解らなくはないけど?」

王立研究院から預かったデータ表の用紙を指でなぞりながら呟いてやる。

「・・・・・・」

無言、というよりは、次にどの様な事を言われるのか身構えているといったところか。

「一昨日は楽しかった?」

「!!・・・ど、どうしてそれを・・・?」

・・・本当に驚いてるよ。一昨日の庭園は周りの人々にとってはこの上ない、滅多に見ることの出来ない光景だったであろう。その組み合わせはまるで小ウサギとライオンの如くであったに違いない。それに昨日の夜、デートの相手だった張本人に嬉しそうに話をされて何にも知らないとどうして云えるのさ。顔を綻ばせながら話す彼の顔をどんな思いで、どんな顔をして聞いていたかキミには分からないだろう。嫌味の一つや二つも言いたくなるよ。ましてや・・・

彼女とは、いわゆる”恋敵”ってやつなんだから。

「憧れの教官様からのお誘いを受けるなとは言わないよ?でもね、果たしてキミは成すべき事を行ってのあの行動だったのかどうか、僕としては疑問に思うけどねぇ」

「・・・・・・」

耳まで真っ赤にしながら目は伏せたまま、必死に耐えている。

・・・胸がムカムカする。
今僕は何てみっともない事をしているんだろう。何をやってるんだか。これじゃぁただの嫉妬絡みの嫌がらせじゃないか。
昨日のヴィクトールの顔が頭から離れない。
一昨日彼女と一緒にいた時も、あんな優しい瞳で彼女を見つめるのだろうか?あんな柔らかい表情で彼女に笑いかけるのだろうか?
ふつふつと大きくなる黒い感情。



コンコン。

気まずい空気を断ち切るかのようにノックの音。

「どなた?今取り込み中なんだけど」

「俺だ、その、入ってもいいか?」

遠慮がちな声。
その声を聞いた途端、胸の奥が熱くなるのが自分でも分かる。同時に恋敵に彼を会わせたくないという思いも湧き起こった、が。
言い終わらないうちに自分でドアを開けて入ってきたよ、この人。なんだかな。勝手に入ってくるなら「入ってもいいか?」なんて聞かないでよ。
彼、ヴィクトールは僕のそんな思いも知らず、決まり悪そうにうつむく女王候補と僕の顔を見比べながらズカズカと近寄って来た。

「一体どうしたんだ、セイラン。廊下まで聞こえてたぞ?お前が大声をたてるなんて珍しいじゃないか」

「・・・別に。どうもしませんよ。ただ、女王候補の学力不振を、長々どうこう言い続けるようなことは僕には無理だということが分かりましたよ」

「?何だそれは。ともかく、お前の言うことはかなりキツイからな、ただ頭ごなしに叱ったら良い方向に直るモノも直らんぞ?」

どうやら聞こえたといっても詳しい内容までは聞き取られなかったようだ。少し安心した。
勿論、直接的に関わっている訳ではないが、間接的に関わってると言うべき張本人の前で説教(?)を続行するつもりもない。ここら辺で止めるのが無難だろう。

「・・・・・・そうですね、アナタの言う通りだ。アンジェ、今日はここまでだ。次に来るときは自分の身の程ってやつを弁える事を知った上で会いたいものだね。・・・仮にも女王候補なんだからさ。もし女王にキミがなれるのだとしたら、現女王も随分と・・・」

「セイラン!」

 

   



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